大判例

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東京高等裁判所 昭和25年(ネ)604号 判決

控訴代理人は、「原判決を取り消す。静岡地方裁判所沼津支部が昭和二十五年二月一日同年(ヨ)第一一号仮処分命令申請事件につきなした仮処分決定を認可する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、「(1) 仮に昭和二十年八月一日の契約が一時的使用のための賃借権設定に非ずして借地法第二条の適用を受くべきものであるとするも、被控訴人は右契約当時は戦時罹災土地物件令第四条第一項による仮建築物のための一時的土地使用権を有するに過ぎないから、控訴人において之を熟知せば三十年の長期賃借権設定はこれをしなかつたものであるから、三十年の賃借権設定は法律行為の要素の錯誤として無効である。(2) 被控訴人は、罹災都市借地借家臨時処理法第二条による借地申出を控訴人になした事実は否認する。仮にこれありとするも、控訴人は、同法施行前の昭和二十年八月一日に三年を期限とする一時的賃貸借契約がなされてあることを理由として借地申出を拒絶した。(3) 仮に借地申出に対し拒絶なしとするも、同法施行前三年を期限とする賃貸借成立し賃貸人がこれを延期する意思がないのに同法第二条所定の借地申出をするは信義則に反し無効である。(4) 仮にしからずして借地申出後拒絶の意思表示なきため三週間経て十年の賃貸借契約成立するものとみなすとするも、控訴人は、専ら当初の三年の賃借権なりと信じ該賃借権はその翌昭和二十三年七月末日終期到来のため拒絶しなかつたものである。若し同法第二条の賃借権であることを熟知せば敢て沈黙を守り十年の長期賃借権設定の愚をなさざるべく、又一般人を控訴人に置き換え見てもかかる場合十年の賃借権設定をなさざる事が一般取引の通念に照し相当と思われる故、十年の賃借権設定は法律行為の要素に錯誤あるものとして無効である。(5) 仮に罹災都市借地借家臨時処理法第二条による借地権設定ありとするも昭和二十二年二月二十日同条による借地申出ありこれが拒絶なきため三週間満了に当る同年三月十三日同条による賃借権成立し爾後十年後の昭和二十三年三月十二日終期到来により右賃借権は消滅する。従つて今後七ケ年の寿命あるのみ。しかるを、控訴人は、契約当時の九坪五合の簡易住宅を取り毀ち擅に本件のような木造瓦葺二階建居宅一棟建坪十三坪二階十坪の建物を建て、その建築完成せんが今後七ケ年の期間満了するも引渡を受くるは困難である。現に被控訴人は、存続期間を三十年として争い居る点より見るも土地返還義務の履行遅延の虞十分にあり、かかる現実より見て被控訴人は土地賃借人として地上建物の維持保存の程度を超過し土地用法の義務に違反している。のみならず路地又は通路四坪余は該賃貸土地の北側に位し間口三尺奥行八間余の通路にて罹災前は四戸建建物の表から裏え通ずる唯一の道路にて又汲取口へ往く通路として使用の慣習があり罹災直後八月一日当時バラツクは該賃貸土地の南側沿に上本通町に向い建てられ前記路地又は通路は明けてあり、従つて罹災以前と同様、表から裏へ通り拔ける通路として従前通り使用する慣習に従い被控訴人に一時的賃貸したものであるところ、被控訴人は、その通路をも塞いで建築中である。被控訴人の以上義務不履行に対し控訴人は昭和二十五年二月二十三日附内容証明郵便にて同年三月四日までに契約成立当時の簡易住宅程度のものとし且つ塞いだ通路を明ける様催告し、若しその期間内に履行しない時は賃貸借契約を解除すべき旨の条件附解除の意思表示をなしたが、被控訴人は、その期間を徒過したので契約は解除となり同法第二条による借地関係は消滅した。(6) 仮に昭和二十五年二月二十三日附の右催告並びに契約解除の通告が無効であるとするも、昭和二十二年二月二十日借地申出の借地期間は前述のように今後約七ケ年に過ぎないのであるから、当初の九坪五合の簡易住宅ならば何等文句あるべき筈なきも、被控訴人はこれを取り毀ち擅に本件建物を建てたのは、土地賃借人として地上建物の維持保存の程度を超え、これがため現に賃貸借期間の紛争を招き土地返還義務をも遅延せしめる危険あり、現に被控訴人は七年後に返還せざることを主張している。かかる事実は賃借人の義務違背の甚しきもので到底将来の信頼関係をつなぎ得ないものであるから、茲に(昭和二十五年七月二十二日の口頭弁論で)賃貸借契約解除の意思表示をする。」と訂正補述し、被控訴代理人において、「控訴人の右主張事実中、現在建設中の建物は仮設建物には非ずして本建築なることは認めるが、被控訴人の主張に反する点はすべて否認する。被控訴人は、控訴人に対し昭和二十二年二月二十日罹災都市借地借家臨時処理法第二条による借地の申出を明かになしたもので、これに対し控訴人からは何等拒絶の意思表示はなかつたものである。又本賃貸借の実体は、木造二階建百余坪一棟を四戸に区劃したものの一戸分を被控訴人が賃借していたものであるが、元来該建物の建設自体が被控訴人の手によつて設計せられ且つ工事監督せられて竣成した関係上、被控訴人は、その建設に当り自己が借り受くべき部分については予め自己使用の便宜を考えその階上は全部造作を施して居室に充用したが階下の内長さ六間一尺幅二尺この床面積約三坪については造作を省いて通路に供したものであつて、この通路を使用せんと欲する者は被控訴人の許諾を得て使用していたものであり、被控訴人の賃借区域内に属することは疑うの余地が無い。」と述べた外は、いずれも原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

控訴人主張事実中、控訴人が沼津市上本通町十五番地の一の宅地所有者で被控訴人は同地上の控訴人所有の家屋を賃借していたところ、同家屋は昭和二十年七月十六日の空襲で焼失罹災したこと、被控訴人は同年八月頃控訴人から同宅地二十三坪七合八勺を建物所有の目的で賃借したこと、被控訴人は同地上に簡易住宅六坪二合五勺を建てその後九坪五合に増築しこれを事務所に使用していたが最近右建物を取り毀ち木造二階建居宅一棟建坪約十三坪半二階約十坪を建築中であることはいずれも当事者間に争いがない。

よつて右昭和二十年八月頃被控訴人が控訴人から賃借した本件土地の借地権設定が簡易住宅(バラツク)建設のための所謂一時使用のものかどうかについて按ずるに、原審証人樽井ツナ、当審証人望月直之、原審(第一、二回)並びに当審における控訴本人(申請人本人)樽井福太郎の各供述と右証人樽井ツナ本人樽井福太郎(原審第一回)の各供述によつて成立を認め得る甲第一、第二号証の記載を合せ考えると、右契約は、当時益々空襲が激しくなり時局の見透しもつかぬ際のこととて、罹災者として急場を凌ぐバラツク建設のため期間も向う三年間という短期間を定めた所謂一時使用のための借地権を設定したものであることが認められる。右認定に反する被控訴本人(被申請本人)山口考吉の原審(第一、二回)並びに当審における各供述は信用し難きものであり、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。しからば被控訴人が右賃貸借契約により取得した借地権は昭和二十三年八月頃を以て消滅すべかりしものであつたのであるから、右借地権が借地法第二条の適用によつて契約の日から三十年存続するとの被控訴人の主張並びにこの主張が肯定せられるとすれば右契約は法律行為の要素に錯誤ある無効のものであるとの控訴人の主張はいずれも採用できない。

ところで成立に争いなき乙第一号証、原審(第一回)並びに当審における被控訴本人(被申請本人)山口考吉の供述を合せ考えれば、被控訴人は、一時使用の借地期間満了前の昭和二十二年二月二十日控訴人に対し罹災建物の敷地であつて現に前記の如く賃借してある本件土地は今後も引き続いて借り受けたい旨話し罹災都市借地借家臨時処理法第二条所定の申出をした事実が窺われ、原審並びに当審における右本人樽井福太郎の供述中右認定に反する部分はたやすく信用し難く他にこれをくつがえすに足る証拠なく、右借地申出に対し法定の期間内に控訴人から拒絶の意思表示がなされたことを窺い得べき資料も存しない。もつとも乙第一号証によれば、被控訴人が昭和二十二年二月二十日即ち前記借地権設定の申出をなした日と同日沼津市長代理に対し本件土地に対する借地権の届出をなしたこと並びにその際控訴人が地主として右届書に捺印したことが認められるが、この一事を以て控訴人が暗黙の間に本件申出を拒絶したとなすのは当らない。

而して同法が第二条において罹災建物の借主に敷地の借地申出をなす権利を与えたのは罹災建物の借主に罹災跡地へ復帰する途を開き、罹災によつて生活ないし営業の安定を失つた借主を保護せんとする趣旨に出たもの故、たとえ同法施行以前に当事者間に同法第二条第五条所定の借地権存続期間より短い期間を定めた一時使用の賃貸借がなされ、賃貸人がその期間を延長する意思がない場合でも、借主において借地の継続を欲する以上同法所定の借地申出をなすに何等妨げないものと解するを相当とする。従つて右借地申出が信義則に反する無効のものであるとの控訴人の主張は理由がない。

また、被控訴人の前記借地の申出に対し法定期間である三週間内に拒絶の意思表示をなしたことの認められないことは前述の通りであるから、その期間満了の昭和二十二年三月十二日右借地申出は承諾したものとみなされ、これにより被控訴人は同法第二条第五条所定の借地権を取得したものというべきである。右承諾は前述の如く拒絶の意思表示なき以上不可抗力その他これに類する場合を除きこれをなさなかつたことの事由の如何をとわず承諾の効果を付与する法律の擬制であり、この点につき法律行為要素の錯誤を云々する余地なきものであるから、たとえ拒絶の意思表示をなさなかつたことが控訴人の思いちがいに基くとしても、控訴人は要素の錯誤により無効であると主張することができずこの点に関する控訴人の主張は理由がない。

次に控訴人が昭和二十五年二月二十三日被控訴人に対し控訴人主張のような催告並びに条件附解除の意思表示を発しその頃被控訴人に到達したこと(原判決二枚目裏十行目から三枚目表六行目までの主張事実)は当事者間争いない。よつて契約解除の効果を生じたか否かについて按ずるに、仮に被控訴人が今後七年の残存期間を超えて存続すべき建物(現在建設中の建物が本建築なることは被控訴人も認めている)を建築したとしても、その事実のみを以て直ちに期間満了の際における土地返還義務の履行を遅延せしめるものとは言えず、またたとえその際直ちに建物を收去して土地の明渡を受くることの困難が想像されるとしても現下の住宅事情並びに罹災地の復興状況に鑑み、且つ被控訴人が罹災者として生活ないし営業の安定を図らねばならぬ境遇にある点よりすれば現在建築中の如き程度の本建築をなすことは土地用法の義務に違反しているものとは断じ得ない。また右土地の中北側の一部は罹災前通路(汲み出し口)として使用していた所であるが被控訴人が賃借していた罹災建物の二階下に当つて居り、従つて同建物の敷地と言うに差支えない所であることは原審証人山口宗作、当審証人川正夫(第一回)、水谷はつ、当審における被控訴本人山口の各供述により明かであり、右認定をくつがえすに足る証拠はない。して見れば被控訴人は本件土地使用につき控訴人の主張するような義務違反はないから、その義務違反を理由とする前記催告並びに解除の意思表示は不当であり無効であるから解除の効果は発生しない。

なお控訴人は原審における昭和二十五年三月七日の口頭弁論期日と当審における昭和二十五年七月二十二日の口頭弁論期日の二回、賃貸借契約解除の意思表示をしている。

前者は本建築が土地の明渡を不能ならしめたものと主張して一時使用の賃貸借契約の解除であり、後者は被控訴人は本建築をして現に賃貸借期間につき紛争を招き、七年後に土地は返還せざることを主張しているがかかる事実は賃借人の義務違背の甚しきものであり、到底将来の信頼関係をつなぎ得ないものであるというのであるが、被控訴人に土地の明渡を不能ならしめた事実のないことは勿論土地使用につき義務違反のないことは上来説示により明かであるから右解除の意思表示はいずれも解除の効果を生ずるに由なきものである。

しからば被控訴人の本件土地の賃借権が消滅したことの疎明は遂にこれを得ることが出来ないのであるから、被控訴人の借地権が存在しないことを理由に被控訴人の同地上における建物建築の進行の禁止を求める控訴人の本件仮処分の申請は失当であるからこれを認容した本件仮処分決定は取り消し控訴人の仮処分申請を却下すべきである。

従つて右と同趣旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条に則り主文の通り判決する。

(裁判官 大江保直 梅原松次郎 奥野利一)

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